3.心地よい居場所のあるシンプルな空間
心地よい居場所のある、シンプルで豊かな空間設計

家は、ただ広ければ良いわけではありません。雑誌のように作り込んだ空間や、装飾を重ねたインテリアが必ずしも心地よさにつながるわけでもありません。
むしろ、ほんの小さな“居場所”がどれだけ丁寧に用意されているかで、暮らしの豊かさは大きく変わります。
谷中幹工務店では、家全体を大きく見せることよりも、「この場所が好きだ」と自然に感じられる居心地の良い“点”をいくつも散りばめ、その点がなめらかにつながっていく空間をつくることを大切にしています。
家族が無理なく過ごせる距離感、自然と集まりたくなる居場所、ひとりで落ち着ける静かな角。そうした小さな積み重ねが、何年経っても色あせない“暮らしの質”を形づくります。
◆ 心地よい居場所をちりばめるということ
暮らしの中で「ここ好きだな」と感じる瞬間は、案外ささやかなものです。たとえば、
- 朝日がちょうど差し込む窓辺の椅子
- 家族の声が少しだけ聞こえる位置のワークスペース
- 背中を預けられる壁のくぼみ
- 庭の緑がふっと視界に入る小さな窓
こうした“居心地の良い点”は、家のあちこちに散りばめられていると、それだけで住まいの表情が豊かになります。そしてその点をどうつなぐか――つまり動線・視線・光の方向が、居場所同士の関係性を決めていきます。
動線が自然で、視線の抜けが気持ちよく、光や風の流れがストレスなくつながっていくと、家の中に心地よいリズムが生まれます。「なんとなく落ち着く」「気持ちよく動ける」という感覚は偶然ではなく、計算された“居場所のつくり方”によって生まれるものなのです。
さらに、暮らし方や家族構成に合わせた収納計画を加えることで、物が表にあふれにくくなり、よりいっそう空間の余白が生きてきます。小さくつくっても広く感じられる――これは決して不思議なことではなく、居場所の配置と、暮らしの動線が整った設計ほど、空間は伸びやかに感じられるのです。
◆ 親密さと距離感のバランス
家族それぞれが自由に過ごしながら、ふとした瞬間にお互いの気配を感じられる。そんな“ちょうどいい距離感”が、暮らしの安心感や穏やかさにつながります。
たとえば、キッチンから子どもの遊ぶ気配が感じられたり、2階で勉強する気配がわずかに伝わったり。あるいは、家族が自然と集まってくるダイニングの位置や、ひとりで落ち着けるカウンターの居場所。
それらは広さとは関係ありません。むしろ小さな空間の組み合わせが、家族のつながりを柔らかく保ってくれるのです。
家は、単なる器ではなく「家族の関係性を育む場」。だからこそ、どの場所にどんな役割を持たせるか、そのつながりをどうつくるかを丁寧に考えて設計しています。
◆ シンプルにつくるという美しさ
住まいは、家族の暮らしを受け取る“器”です。この器が主張しすぎてしまうと、暮らしが器に合わせられてしまいます。
シンプルな家は決して“なにもない”家ではありません。むしろ、必要なものだけを丁寧に選び、余白を活かすための“技術”です。
作り込みすぎないことで、暮らしが始まってから家具や道具、家族の時間が自然とその余白を満たしていきます。
時間の経過とともに、暮らしの跡が空間に刻まれ、家が育っていく。そのためには、初めから“余白のある器”であることが大切です。
また、シンプルな空間ほど、光の入り方や影の落ち方、風の道、素材の質感といった細やかな要素が際立ちます。
どの季節にどこに光が落ちるか、立ったとき・座ったときの視線の変化、歩いた時に感じる陰影の移ろい――
こうした繊細な部分を整えることで、シンプルでありながらくっきりとした奥行きを持つ空間が生まれます。
「なんとなく気持ちいい」「理由はわからないけれど落ち着く」――この感覚をつくるのが、シンプルな設計の本質です。
◆ 素材の表情が空間を完成させる
シンプルな空間ほど、素材の質感がその家の雰囲気を決めます。
たとえば、無垢フローリングの足触りや温かみ、紙の壁がつくる柔らかい光の拡散、左官壁の陰影、木製建具の手触り――こうした“触れる質感”は、見た目以上に暮らしに深く影響します。
素材そのものの表情が豊かだからこそ、装飾を加えなくても空間が自然と成立します。これは「素材感」ページでも触れているように、谷中幹工務店の家づくりに一貫して流れる価値観でもあります。
空間のシンプルさと素材の豊かさは対立するものではなく、むしろ互いを引き立て合う存在です。余白のある空間に、本物の素材の力が加わることで、静かで奥行きのある住まいが生まれます。
◆ 小さくつくって、大きく暮らす
私たちが大切にしているのは、「大きな家をつくること」ではありません。むしろ、小さくつくって、大きく暮らせる家です。
小さくても心地よい居場所がきちんと計画され、収納や動線が整い、余白のある空間が連なっていれば、実際の面積以上に広く暮らすことができます。
住まいは、面積ではなく“質”で広さが変わる。これは多くの住まい手の方々が実際に住んでから実感されることでもあります。
■ さいごに
家は、完成した時がいちばん良い状態ではありません。暮らしが始まり、家族の時間が重なり、季節の変化が積み重なっていくことで、初めてその家らしさが形になっていきます。
だからこそ、最初から過剰に作り込まず、暮らしが入る余白を残すことが大切です。そしてその余白を支えるためには、小さな心地よい居場所の積み重ねと、シンプルな器としての設計が欠かせません。
これから家づくりを考える方には、ぜひ“広さ”ではなく、“どこでどんな時間を過ごしたいか”に目を向けていただきたいと思っています。その思いに寄り添いながら、長く愛着のわく住まいを一緒に考えていければ嬉しく思います。
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